世田谷区民会館の舞台機構について

森平舞台機構株式会社 設計部 長原邦彦

今回、歴史的価値の高い既存建物を生かした改修となる、世田谷区民会館改修工事の舞台機構の計画および施工に携わらせて頂きました。

既存建物を活用する上で様々な制約はありましたが、最新の舞台機構を導入し、新たな区民会館へと生まれ変わらせることができました。

ここでは、今回導入した舞台機構の設備とその特徴についてご紹介いたします。

1.改修前の舞台機構について


改修前のプロセニアム形状

まず、改修前の既存の舞台機構についてご説明したいと思います。改修前の区民会館は1959年竣工ということもあり、元施工者である弊社の物件の中でもかなり初期のものに分類されます。

建築的に特徴があったものはプロセニアムの形状です。両側に白い壁が二重に配置されており大きな存在感のある独特なものでした。

1)吊物装置

舞台内の吊物は主に手動バトンで構成され、ウェイトを積み替えて操作する方式で、電動昇降の天井反射板はフライ上部に、側面反射板は舞台袖上部に格納する方式でした。また、客席側には吊物装置はありませんでした。

吊物装置は手動式道具バトンが7本、反射板の傾斜吊と兼用する電動式バトンが2本あり、このほか照明バトンが6本、他に幕バトンが設けられていました。

この規模の区民会館としては、多目的な用途に対応できる充実した吊物構成であったと感じられます。

竣工時には緞帳が2張り設置されており、当時としては豪華であったことがうかがえます。しかし、理由は不明ですが、竣工後数年で第2緞帳は撤去されたようです。

2)音響反射板

音響反射板は、正面反射板のみが固定壁で、天井・側面反射板は電動昇降式でした。天井反射板の間からボーダーライトを降下させてダウンライトとして使用する方式であったため、反射板同士の隙間が大きく取られていました。また、側面反射板についても、舞台前方を動線とする計画であったことから、プロセニアムから約1.5mの隙間が設けられていました。

反射板表面の仕上げは、5.5mmの合板を2枚貼っただけの構成で、軽量化を意識した設計思想であることが感じられました。

3)舞台すのこ


改修前の吊物配置断面

すのこ上部には排煙窓がトップライトを兼ねていて舞台内部に自然光を取り入れられるよう計画されていた点が印象的でした。

すのこへ上がるための階段はなく、途中のキャットウォークから約10m程タラップを登る必要があり非常に危険な状態でした。また、すのこ上は躯体の構造梁が低く、すのこ鉄骨の開口部も多かったため移動に苦労しました。

4)迫り装置

計画段階で客席前方に迫りの導入を計画していたようですが、実際は設置されておらず将来導入できるように客席前方に大きなピットが残されていて鋼製の床で塞がれている形となっていました。

2.舞台機構の改修計画

舞台機構の改修には大きく3つのポイントがありました
1)既存建物を活用しその中に新しい機構を導入する
2)音響に優れたホールを目指す
3)使いやすい舞台機構とする

このようなコンセプトのもと舞台機構の具体的な計画を進めていきました。

1)既存建物の活用


舞台内部に新設された鉄骨構造体

前川國男氏によって設計された区民会館は、歴史的にも貴重な建物であることから、既存建物に補修を加えて再活用することが基本方針でした。

しかし、既存建物は改修後の吊物荷重を支持できる建築構造ではありませんでした。そのため、既存舞台の内部に新たに鉄骨構造体を構築し、既存建物に荷重をかけない方式が採用されました。この方式は、舞台機構による荷重増加を意識することなく自由に設計できるという大きなメリットがあります。

一方で、鉄骨の構造体により舞台の奥行や幅が狭くなるといったデメリットも生じました。結果としては荷重制約にとらわれず舞台機構を計画できたことは、設計上の自由度を高め、大いに助けとなりました。

2)音響に優れたホール

今回の改修における二つ目のポイントは、音響効果の向上です。先に述べたとおり、既存の区民会館では反射板の隙間が大きく、さらに反射板自体の比重も軽かったため、反射板を介して演奏音を客席へ十分に届けることができていませんでした。

改修では、プロセニアムの高さを8mから10mへと大きくし、前舞台を活用した建築音響計画が採用されました。

音響反射板の仕上げは、石膏ボード3枚貼りに化粧合板を組み合わせたもので、重量は約60kg/㎡と比重の大きい仕様です。しかし、舞台内部に新設した鉄骨構造体のおかげで重量を気にする必要がなく、十分な性能を持つ音響反射板を計画することができました。竣工後は音響性能に優れたホールへと改善されました。

3)使いやすい舞台機構

改修前は手動バトンがメインの吊物構成でしたが、改修後はすべて電動方式の吊物となりました。舞台袖の操作卓からの操作により吊物装置の操作が可能です。

既存の綱元は撤去して舞台袖が広くなっています。

3.吊物装置

吊物装置を計画する上で、プロセニアム高さ2mが上がることは大きな課題でした。既存建物の高さを変えずにプロセニアム開口のみを高くすると、フライ上部の空間が不足し、幕類や音響反射板がプロセニアム上部に納まりきらない恐れが生じます。

この問題への対応として、すのこ上部には巻上機を設置せず、マシンギャラリー側に巻上機を配置することで、プロセニアムからすのこまでの高さを可能な限り高くする計画としました。さらに幕類はできるだけ両側に引き割る方式を採用し、プロセニアムの袖側に納めました。

吊物バトンの最大積載は500kg、昇降速度は3~60m/minの可変速で、さまざまな演出に対応できる性能を有しています。幕バトンも可変速仕様で吊物バトンとしても使用できます。巻上機はすべて上手・下手に新設したマシンギャラリーに配置しています。

すのこへの昇降についても舞台袖から直接上がることができる階段を設け、安全にアクセスできるように計画されています。また、すのこ上部にはC形鋼を敷き詰め、落下の危険がない安全な構造となっています。

客席側にも照明バトンが3台あり、前舞台を活用した演出に対応できる吊物装置が備わっています。

センタースピーカーは電動昇降式で、不使用の際は開閉天井を開けて天井内に格納する機構を備えています。

4.音響反射板

音響反射板計画の上で、フライ上部の空間が狭くなったため正面反射板は上部に格納せずに舞台後方へ格納、側面反射板も同様に舞台後方に折りたたむように格納して設営時には手動で旋回する方式となっています。

音響反射板は舞台奥まで使用した場合の大編成と第1天井反射板のみを使用した中編成の2つの形式に転換できます。そのため走行反射板は自走式で舞台前方へ移動することができます。


音響反射板構成(大編成)


音響反射板構成(中編成)

1)天井反射板


側面反射板と第2天井反射板

天井反射板は2面で、フライ上部に格納されています。第1天井反射板は自動傾斜方式、第2天井反射板は前側の電動バトンで吊り上げて傾斜させる方式です。

舞台奥行スペースを確保するために第2天井反射板は側面反射板の上部に格納されています。そのため側面反射板を旋回した後に第2天井反射板が下降可能になる複雑な構成となっています。

2)側面反射板

側面反射板は旋回式で舞台奥に格納されています。設営時には手動で旋回させて設営します。上手1面、下手1面の壁を構成するために重なり合うように格納されるので、回転軸心が上手と下手で異なるのが特徴です。

ピアノの搬入扉、登退場扉も設けられています

3)正面反射板

正面反射板は舞台後方に格納されており、新設した内部鉄骨フレームを門型にくり抜くことでその内部に納め、舞台奥行をできるだけ広く確保することができました。

舞台床の上を電動で自走する方式で、これほど大きな正面反射板は弊社として新たな試みでした。

従来方式では、舞台床に走行用レールを埋め込み、床の蓋を取り外して走行させる方法が一般的です。しかし、舞台床に蓋を設けると段差の発生原因となるほか、反りによる歩行時の異音が発生する可能性があります。

このため「舞台に蓋を設けない方式で走行させる方式にしてほしい」と強いご要望がありました。


正面反射板走行車輪

そこで注目したのがフリクションローラ方式ですが、別の機構での実績はあったものの、正面反射板の走行での適用は初めての試みでした。

設計上の懸念点は下記に挙げるものがありました。
① 車輪が約15トンの正面反射板の重量を支持できるか
② 走行時の車輪の跡や摩擦で舞台床を損傷しないか
③ 舞台床が反射板の重量を支持できるか
④ 車輪が舞台床に対し必要な摩擦力が得られるか
これらの課題に対しては、以下の検討を行いました。

①・②については、15トンの正面反射板を60個の車輪で支持する計画とし、1車輪あたりの支持荷重は約250kgとしました。この荷重条件は客席ワゴンや他の舞台機構で実績のある値であり、車輪にはウレタン製を採用することで舞台床を傷つけることなく走行することができています。

③については、構造設計および建築担当と協議を重ね、一般的な舞台床よりも強度の高い部材構成とすることで、反射板重量に耐え得る構造として頂きました。

④が最も苦労した点で、フレームのたわみなどにより駆動輪が舞台床と均一に接触できなかった場合、駆動車輪が空転してしまい計算上想定していた摩擦力が得られず、反射板が走行できなくなる恐れがありました。

この問題に対しては、計算値よりも多くの駆動輪を設けて車輪と床との摩擦力に余裕を持たせることで解決することができました。

5.迫り装置

前舞台迫りは前舞台として使用するために舞台面まで上昇できるほか、客席ワゴンをワゴン庫に収納する目的で下降できます。機構はスパイラリフトを使用しています。


前舞台迫り断面図

客席ワゴンは手押しで収納庫内に格納します。

前舞台迫りの施工にあたりピットを掘削すると残存する基礎のフーチングが既存図面よりも大きいことが分かりました。この基礎を撤去することはできないので奈落ピットの擁壁をすり鉢状にすることで下部の厚みを確保し、既存の基礎を避けてコンクリートを打設して頂きました。

既存建物を生かした改修工事ということもありますが、躯体の寸法が残存する図面と違うといったことはこの改修の中では苦労した点の1つです。

6.操作・制御システム


舞台機構移動操作卓

舞台機構の操作は舞台下手側の移動式操作卓にて行います。操作卓には画面が2つあり吊物バトン位置や状態が監視できるほか、タッチパネルで設定を行うことができます。

安全装置として足踏み式のイネーブルスイッチを採用しています。バトン昇降の際は踏み続けないとバトンが停止する仕組みとなっていて、操作者が操作中にその場を離れることや不測の事態にも装置が動き続けることがないよう安全に配慮しています。

音響反射板の設営時は吊物バトンや他の装置や幕と干渉してしまうのでインターロック構成は複雑です。


音響反射板組立画面

反射板を設営する際には必ず決まった手順で行うことが必要になるため、操作卓の画面にグラフィックで次に何を行うかを視覚的に理解できるように表示しています。反射板の設営画面では1つの動作を完了させた後「確認完了」釦を押さないと次の操作に進めないようになっています。

正面反射板を動かすには側面反射板を先行して設営しなければならず、操作卓からは死角になるので正面反射板の背面に個別の操作器を設けて単独運転操作としています。

7.最後に

竣工後に舞台に入らせて頂いた際、音響反射板を介した音の響きがものすごくよかったことが今でも印象に残っています。私は設計担当として本件に携わらせて頂きました。既存装置の撤去から始まり竣工に至るまでの間、この歴史ある区民会館の改修工事に携わらせて頂き、非常に感慨深いものがあります。

非常に大変な工事でありましたが、設計・施工に携わられた多くの方にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。