世田谷区民会館の音響計画

株式会社永田音響設計 酒巻文彰


旧 世田谷区民会館

新しい世田谷区民会館の音響計画について紹介する。前川國男氏が設計し、旧世田谷区庁舎に併設された旧世田谷区民会館は、舞台音響反射板を有する1200席の多目的ホールであり、1959年の完成から50年以上もの長きに渡り、区民の文化活動の発表や、鑑賞の場として親しまれてきた。旧区民会館の音響計画は、東京大学名誉教授の石井聖光氏が担当された。

2017年に、新しい世田谷区庁舎と区民会館の設計プロポーザルが行われ、佐藤総合計画が選定された。佐藤総合計画案は、区民会館の特徴的なファサードを残し、その内部を新しいホールに改装するというものであった。


世田谷区民会館基本設計 整備方針(平成30年12月)より

◆旧区民会館における音響調査

旧区民会館の音響特性を把握するために、音響調査(室内音響特性、遮音性能、空調設備騒音等)を実施した。舞台反射板設置時の残響時間は1.3秒(500 Hz、満席時推定値)であり、最近の新築のホールと比較すると短めの値であった。また、ホール下手側は敷地境界線が大変近く、建具開口も設けられていたため、ホールから隣地に対する遮音性能が低いことがわかった。

◆新しい区民会館への要望

改修計画にあたり、区内の利用団体に対するヒアリングが行われた。利用者からは、楽屋の拡充、練習室の設置、バリアフリー対応、舞台機構の電動化等とともに、音響に関する要望として生音の演奏時の響きの伸長や、ベートーヴェンの第九交響曲の演奏に対応可能な舞台面積の確保等の希望が寄せられた。

それらに対する建築計画の対応として、舞台裏に位置していた1階建ての楽屋ゾーンは3階建ての楽屋棟に増築された。また、ホールに隣接する新区庁舎棟の地下に2室の練習室(防振遮音構造)が、ホールの楽屋としても使えるようにバリアフリー動線を確保して計画された。舞台機構については、旧区民会館の構造では新たな舞台機構の重量等を支えることは困難であったため、舞台下部を掘削し、舞台吊物を支持するための鉄骨構造を土台から新設する対応が行われた。

◆遮音計画

ホールから隣地への遮音については、設計時に区と協議を重ね、頻繁に行われる演目においては、規制値(環境確保条例等)を満足できることを目標に、客席1階の下手側壁の外には廊下を設け、上部は既存のコンクリート壁の内側に内装仕上げを兼ねたガラス繊維強化セメント板(GRC)による遮音壁を設け、外部との2重化を行った。舞台部分については、コンクリートの外壁に加えて、新たに設けられた舞台機構用の構造鉄骨を利用して、ボードの積層張りによる遮音壁を追加した。


ホール平面(舞台 水色ハッチ部:基本設定、橙色ハッチ部:舞台拡張部)

◆室内音響計画

【舞台反射板と前舞台】

ホールの舞台反射板は、吊り方式の天井反射板、アームによる押し出し式の正面反射板と、それに蝶番でつながる側方反射板から構成されている。正面反射板の前に袖をたたむように収納された側方反射板は大きく開いてセットされる。正面反射板の奥行きはアームで調整でき、中編成と大編成(ベートーヴェンの第九交響曲が利用可能な舞台面積)に可変できる。昇降式の前舞台を利用し、正面反射板を中編成にセットしたものを、コンサート形式の基本設定とし、演奏位置を客席側にできるだけ押し出すことで、舞台と客席空間の連続性と一体性の実現を狙った。客席数は、前舞台を利用した基本設定で900席である。客席から舞台へのサイトラインの確保や、客席幅にゆとりを持たせたことで、客席数は旧区民会館よりも300席ほど減った。


扇形壁と段々形状壁の音線図比較

【室容積の確保】


世田谷区民会館(舞台反射板設置時)

ホール外壁および天井スラブは既存のままとし、内部のみを改修する方針のもと、室容積を大きく確保して響きを少しでも長くすることを意図し、プロセニアム開口と、客席天井をできるだけ高くした(プロセニアム位置で舞台床から11m)。また、シーリングスポットは、照明器具の向きを調整するためのシーリングスポット室を設けることが多いが、天井を音響的に適切な形状とするための課題になることが多い。本計画ではシーリングスポット室は設けず、遠隔で角度調整が可能なムービングライトを採用し、室内に露出で設置した。ムービングライトは冷却ファンを持つものが多いが、その騒音が懸念されたので、ファンレスの機材を採用し、騒音の低減に努めた。また、サイドスポットについても、有効な反射面と室容積の確保のために、室内に露出で設置した。

【形状・内装】


客席側方、天井の折板形状

舞台側方反射板から客席側壁へ繋がる平面形状は、本来ならばもう少し舞台開口の幅を拡げ、舞台から客席へスムースに繋がるようにしたいところであったが、プロセニアム付近の大臣柱は構造上動かすことができなかったため、プロセニアムから客席に急に開くのではなく、反射音を有効に内側に返す段々形状を提案した。旧区民会館の内装は、天井は薄いボード張り、客席壁上部は外壁のコンクリートが現しであった。本計画では、そのコンクリート壁には断熱処理のための吹き付けが行われることになったため、新たに内装を設ける必要があった。客席壁にはガラス繊維強化セメント板(GRC)、天井はボードの積層とし、天井・壁ともに50kg/㎡の重量を確保した。客席後壁は、ロングパスエコーの防止のために、木リブ+グラスウール50mmの吸音構造とした。

◆新しい区民会館の響き

新しい区民会館の残響時間は、コンサート形式の基本設定である舞台反射板(中編成)設置時・前舞台利用時で1.7秒(500 Hz、満席時推定値)である。ホールの室容積を確保したことと、客席数が減ったことで、残響時間は旧区民会館よりも0.4秒長くなり、より生音に適した音響空間となった。オープニングシリーズの室内楽のコンサートでは、豊かで伸びやかなヴァイオリンとピアノの音色を聴くことができた。