小田原市民ホール(小田原三の丸ホール) 舞台音響設備

ヤマハサウンドシステム株式会社 大澤雄三/河野峻也

1.はじめに

「小田原市民ホール(小田原三の丸ホール)」は59年間多くの市民に親しまれつつ閉館した小田原市民会館の跡を継ぐ文化・芸術拠点として、2021年9月に開館した。

この章では、1,105席の大ホールと296席を擁する小ホールの舞台音響設備について解説する。

2.施設全体をシームレスに活用できるシステム


音響ネットワークの概念

音声伝送にはネットワークオーディオ「Dante」を採用した。Danteネットワークは各ホールだけで完結するのではなく、大ホールと小ホールを相互に接続できる構成とした。単純に大/小ホールのDanteネットワークを1つの大きなものとして構築すると、Dante機器の接続管理が複雑になってしまう懸念がある。そこでネットワークの切り分けをしながらDante音声の受け渡しは可能とするため、大ホールと小ホールの間はネットワークブリッジを経由して接続した。ネットワークブリッジには、ヤマハのオーディオインターフェース「RSio64-D」とDanteカード「Dante-MY16-AUD2」を活用した。この組み合わせはネットワークブリッジとしてだけでなく、持ち込みのDante機器を固定設備に影響を与えずに接続したり、Dante機器のサンプリングコンバーター(96kHz⇔48kHz)として使用したりと多目的に活用できる。

大/小ホールを繋ぐネットワーク回線の媒体には、将来的なデータ容量の増加や映像信号への活用を考慮して10Gbps伝送が可能なOM3の光ファイバーケーブルを採用した。また、大/小ホール間の配線は光ファイバーケーブルだけでなく、ITV設備用の同軸配線なども敷設した。

3.大ホール 舞台音響設備

1)スピーカー構成

プロセニアムとカラム両サイドのメインスピーカーはNEXOのラインアレイシステム「GEO S12シリーズ」を採用した。プロセニアムには「GEO S1230」4台、サイドカラムは1階席に「S1210」×3+サブウーハー「LS18」×1+インフィル「PS8U」x1、2階席用に「S1210」×2で構成した(サイドカラムは片側の員数)。メインスピーカーの他に、ステージフロントやサイドバルコニーには補助スピーカーを設置し、客席天井にはシーリングスピーカーを設置した。


大ホール メインスピーカー配置


大ホール プロセニアムスピーカー

2)舞台音響設備


大ホール Danteネットワークの概念図

音響調整卓はヤマハの「QLシリーズ」を採用した。後述する小ホールでも同じ「QLシリーズ」とし、操作性を統一した。大ホールは1階客席最後部にある音響調整室に「QL5」を設置した。主要な回線は音響調整卓〜プロセッサー〜パワーアンプまで「Dante」で伝送し、フォーマット変換に伴う音質の劣化や遅延を可能な限り排除した。舞台袖や客席のコネクター盤にもDante接続が可能な接続先を設け、多彩な演目に対応できるよう考慮した。音声信号のルーティングにはヤマハのプロセッサー「MRX7-D」を使用した。音響調整室と舞台下手袖にはプロセッサーのプリセット切り替えスイッチを設け、演目に合わせたプロセッサーの設定を簡単に呼び出すことができる。


大ホール 音響調整室

スピーカーの音質調整には、主にヤマハサウンドシステムのアコースティックメジャーメント/EQプロセッサー「AMQ3」を使用した。「AMQ3」は高分解能のFIRフィルターを搭載し、距離減衰や設置条件、サランネットなどの障害物による音質・特性のバラつきを補正できる。

パワーアンプはNEXO「NXAMP mk2シリーズ」、ヤマハ「PC-Dシリーズ」と「XMVシリーズ」を採用した。パワーアンプ架には、舞台連絡設備の映像モニター機器も実装した。映像モニターを構成する一部の機器は冷却ファンの風切り音を発生させるため、操作の必要がない機器は舞台袖や音響調整室ではなくアンプ室のパワーアンプ架に組み込み、可能な限り客席や舞台袖へファンの音が漏れないよう配慮した。


大ホール 舞台袖操作架


大ホール パワーアンプ架

3)電動吊マイク装置


吊りマイクとリモート操作器

大ホールには記録録音用に電動吊マイク装置「MHN1」を設置した。「MHN1」は昇降のスピードが早く、スタート/ストップ動作もスムーズなため仕込み時間を短縮することができる(当社、旧モデルとの比較)。リモート操作器はプラスチック筐体を採用することで軽量化を図っている。リモート操作器は手元を見ずに直感的な操作ができる「マニュアルスイッチ」と、ケーブルの長さを指定し詳細な位置指定ができる「タッチパネル画面」を搭載している。

4.小ホール 舞台音響設備

1)スピーカー構成

プロセニアムスピーカーはヤマハのラウドスピーカー「CZR15」×2、サイドスピーカーはスリムタイプラインアレイスピーカー「VXL1B-24」×6+サブウーハー「VXS10S」×1で構成した(全て片側の員数)。小ホールはホール形状を考慮しスピーカーを露出して設置し、明瞭な拡声を実現した。小ホールはロールバックチェアを備え平土間形式にもなる。平土間形式での展示利用といった用途のために、天井に合計8台のシーリングスピーカーを設置し均一な音質と音量を場内にサービス可能としている。シーリングスピーカーにはヤマハ「VXC8」と「VXS8」を採用した。


小ホール メインスピーカー配置


小ホール メインスピーカー


小ホール サイドスピーカー


小ホール シーリングスピーカー

2)舞台音響設備

2階席最後部にある音響調整室と、舞台袖の2箇所にヤマハのデジタルミキサー「QL1」を設置した。同品番とすることで、音響調整室でも舞台袖でも同じ設定でオペレーションができるよう考慮した。音響調整室と舞台袖それぞれのミキサー出力はヤマハのプロセッサー「MRX7-D」でサミングされ各スピーカーへ送られる。大ホールと同様にスピーカーの音質調整はアコースティックメジャーメント/EQプロセッサー「AMQ3」を使用した。


小ホール 音響調整室


小ホール 舞台袖操作ワゴン

舞台袖で開演ブザーを操作する「開演ブザーリモート」は可搬型とした。可搬型にすることで公演の運営に必要な操作を影アナウンス位置などにまとめることができ、効率よくオペレートができるよう考慮した。

パワーアンプはヤマハ「PC-Dシリーズ」、「XMVシリーズ」と、ラックマウントスペースが限られていたため1Uで600W×4ch駆動可能なPowersoft「Quattrocanali 2404 DSP+D」を採用した。


小ホール 開演ブザーリモートボックス


パワーアンプ架

5.おわりに

舞台音響設備は、施主である小田原市をはじめ、各工事関係の皆様よるご協力とご尽力により完成することができた。

この場をお借りし、工事に関わられた全ての皆様に厚く感謝申し上げる。