人と人を結ぶ文化会館~現場から思うこと

小田原三の丸ホール館長 大石時雄

人と人を結ぶ


開館1周年記念事業 三の丸クリスマス オペラ『ヘンゼルとグレーテル』/クリスマスコンサート 撮影:五十嵐写真館


開館記念式典・三番叟『神秘域』
撮影:政川慎治

文化会館は人が集まる場所である。芸術鑑賞の空間であり、地域住民の集会場でもある。出会いが生まれ、様々な出来事や催事を体験することで、人としての振る舞いや喜怒哀楽などの感情を他者と共有する、地域に無くてはならない公共空間である。

文化会館が図書館や美術館、生涯学習センターといった社会教育施設と異なるのは、大人数を収容可能な客席と様々な催事に対応可能な舞台を持つ劇場を擁していることや施設全体が多目的空間であることだ。かつて多種多様な催事に対応するために、何をするにも中途半端で機能が不十分だと揶揄された時代もあったが、舞台機構をはじめとする舞台設備の技術的進歩により、「多目的は無目的」などという言葉は聞かれなくなった。

文化会館の呼称は様々あるし、創造発信型もあれば、地域住民が気軽に利用できる公民館に似たコミュニティー型もある。しかしながら、施設の設置目的や事業内容、機能性に違いがあっても、地域住民の様々な目的や催事が複雑に折り重なる文化会館の運営、実態こそが文化会館の特徴であり、魅力でもあるのだ。

「こうあらねばならない」ではなく、「多様である」の一言に尽きるのが、文化会館なのだ。伊丹市、世田谷区、可児市、いわき市、小田原市の文化会館の立ち上げと運営に30年以上携わってきた立場から、そのように理解している。

小田原市民ホール(愛称:小田原三の丸ホール、以下「三の丸ホール」と略)は、令和3年9月5日、小田原城天守閣を望むお堀端通リ沿いに開館した。新型コロナウイルス感染症の流行による、緊急事態宣言期間中の船出だった。前身となる小田原市民会館(令和3年7月31日閉館)が59年間担って来た“小田原市民の芸術文化の創造と発信の場としての役割”を受け渡された、小田原市の新しい文化会館である。

新たな芸術文化創造活動拠点となる三の丸ホールの運営・事業コンセプトを「人と人を結ぶ」とした。人と人、人と芸術、小田原と世界を結ぶというコンセプトを象徴する一文字「結」を、三の丸ホールのシンボルマークにしたいと考えた。そこで、小田原の書道家である永井香峰(ながい こうほう)先生に「前衛(ぜんえい)」という書道の正式な手法で「結(ゆい)」を書いていただいた。三の丸ホールを表す3つの丸が存在し、それぞれに金土色、紺色、赤色を入れたデザインになっている。

運営・事業コンセプトを「人と人を結ぶ」にしたのには、もちろん、それなりの理由がある。インターネットの登場と交流サイト(SNS)の普及によって、他者とのつながりの範囲は手に負えないほど拡大した。だが、顔が見えない状態でのコミュニケーションは、言葉(文字)になる前の感情をくみ取ることは難しい。表情や仕草、声のトーンなどから言葉の裏に隠された胸の内を想像することで豊かなコミュニケーションが成り立つが、顔の見えない相手とのやり取りでは、言葉の意図が正確には伝わらないことのほうが多い。対話というより、情報の提供でしかない。便利になったが、その反面、つながり方は細く浅く弱くなった。

SNSを通しての関係や会話、インターネットを介しての消費やビジネスはますます増える一方で、人と人がリアルに顔を合わせることの価値は高まるのではないか。文化会館は、バーチャルな空間ではない。具体的に、物理的に人間が足を踏み入れる。人が集って、集った人と人がどのように結ばれてどのような時間を過ごすか、大切なことであり、価値あるものとなるに違いない。

人生を豊かに生きるうえでは、仕事や趣味も大切だが、身近な他者ともっと交流し、助け合える関係を築いたほうがいい。どんな人だって「いざという時」はあり、いざという時には、身の回りの顔の見える範囲の人間関係が頼りになる。そして、その関係は関係を築いた者にとっての人生のセーフティーネットになる。

そして、そういう確かな人間関係、人とのリアルな出会いを生む基盤となるのが、地域の文化会館である。人口減少が進む時代にあって、人と人が結ばれる環境を整えるのが、これからの文化会館のミッションだと信じている。

観光地にあって


開館記念事業 コネクションズ~さまざまな交差展~

大ホールのホワイエは建物の2階、3階にあるが、特に3階からの小田原城の景観は素晴らしい。お堀端の桜並木、お堀の水場に遊ぶ渡り鳥、銅門(あかがねもん)や馬出門(うまだしもん)、そして天守閣。大ホールで催事のない日は、ホワイエは開放しているので、出入りは自由。その景観を楽しむことができる。

小田原は観光地としての顔を持つ。神奈川県西部に位置する小田原市は、温暖な気候と天下の険として名高い箱根に連なる山々、相模湾、酒匂川などからなる変化に富んだ風光明媚な自然、小田原城跡をはじめとする由緒ある豊かな歴史的資源に恵まれた地域である。鎌倉時代後期に東海道の宿駅として、また戦国時代以降は城下町として、人やモノ、情報が行き交う交通の要衝として賑わいをみせた。明治後期から大正・昭和初期にかけては、貴族、華族、政治家、財界人、文化人などの別荘地・保養地として多くの別邸が建てられた。

それらの歴史と伝統は現在でも連綿と受け継がれ、特に〝交通の要衝〟としての機能は、今でも担い続けている。東海道本線、小田急小田原線、箱根登山鉄道、伊豆箱根鉄道大雄山線、東海道新幹線の鉄道5社が乗り入れる小田原駅は、箱根や伊豆方面への観光客の出入り口としても重要な役割を担い、毎日多くの外国人旅行客で賑わっている。そして、小田原駅東口から徒歩約13分の小田原城跡エリア内に三の丸ホールは整備された。隣には、カフェとショップ、観光案内所、ワークショップルームを擁する観光交流センターも整備され、目の前の城址公園を含めて、観光客や地域住民の回遊性を高めている。

欧州諸国の美術館・博物館と違って、地域の文化会館が〝観光資源〟という役割は担えないと思うが、観光やビジネスで小田原を訪れた人たち、城址公園で行われるお祭りに集まった人たちの〝休息所〟のような役割は十分に果たしている。

これからは、観光分野のみならず、国際交流、地元産業、福祉や教育分野とも連携を図り、相互に影響を与え合い、まちの活性化と魅力向上のために寄与していきたいと考えている。

公演担当の配置という仕組み


開館記念事業 柳家三三 小田原落語会・初春公演 撮影:橘 蓮二

コミュニティー型文化会館の特徴の一つは、年間稼働のおよそ8割から9割が、使用料を徴収して施設を貸す、いわゆる「貸し館」事業であることだ。そして、その主催者(使用者)の多くが市民及び市民団体で、行政サービスの主な対象となる人たちである。

オープンから数年間は、施設とまち、施設で働く職員と市民との関係の構築、信頼の醸成が最も大切であり、そのことが文化会館の成功の礎となる。勿論、オープニングプログラムはどういう内容か、著名なタレントが来るのか等を期待する声も小さくない。その期待に応えることも大事だが、それ以上に、普段から足を運んでくれる人、施設を利用してくれる人をつくっていくことが、重要課題なのである。商売で言うところの「常連客をつくる。お店のファンをつくる」といったところだろうか。

市民との信頼関係を築くための具体的な手法として、三の丸ホールで行われるすべての催事に、事業係(制作系)の職員が〝公演担当〟として張り付くことにしている。劇場管理の舞台技術スタッフと主催との打ち合わせの調整、広報に関すること、催事当日のケアなどの業務を担い、同じ職員が主催者に〝伴走〟する仕組みだ。催事がトラブルなく成功裡に終わることは、主催者だけでなく私たち施設側も望むことだ。そうであってこそ、お互いのあいだに信頼が生まれるし、繰り返し施設を使っていただける。お互いにアドバイスできることが増え、結果として、三の丸ホールが支持されることにつながる。

芸術文化の専門家の視点で運営を考えるのではなく、施設を使う人の視点で考えている。初めて利用する人をはじめ、利用にあたっての不安や不満に寄り添い、苦労を分かち合おうとする職員の態度が、文化会館全体の評価を大きく左右するのは自明である。

小田原市の〝文化〟は、行政がつくるものではなく、市民がつくるものだ。三の丸ホールを所轄する小田原市文化部はそう理解しているし、公に発言もしている。つまり、小田原の〝文化〟を維持・発展させていくには、市民の声を常に政策に反映させることが不可欠であり、その役割を担う機関の一つとして、三の丸ホールという〝現場〟が在るのだ。公演担当制の仕組みが、そのことを証明している。

子どもの権利条約

〝地域の子どもは地域全体で育てる。子育ては地域のみんなで〟という考え方がある。

かつて昔の日本にもあったし、沖縄の離島などには、今でも残っている。だが、都市部ほど消滅しているのも事実だ。親の子どもへの責任を重視しつつも、子どもを社会の子どもと見なし、社会全体で子育てを担うという連帯の思想が息づいている。子どもを「家」の子どもと見なす儒教思想の呪縛から逃れられず、社会全体で子どもを支える思想が脆弱なのは日本の特徴でもある。しかしながら、共働き世帯やひとり親世帯、生まれ故郷(実家)を離れて大都市で家庭を築く人が増えていく現代においては、考えてみる価値のある理念と言える。そして、そのような〝子育て文化〟が根付くことで、育児ノイローゼや育児放棄、児童虐待などを無くしていくことにつながるのではないだろうか。

そうした仕組みを取り戻すためには、地域で暮らす人と人の間に「関係」を築き、地域社会全体が子どもを育てる機能性を持たなければならない。その実現に向けて、人の集まる場である文化会館はけっして小さくない役割を果たすことが出来るし、果たすべきではないか。そういう役割を果たしている文化会館であれば、施設の使い方もそれに合ったものに変わり、子どもたちが安全に遊ぶ場にもなれると思う。

「子どもの権利条約」というのを、ご存知だろうか。

子どもの基本的人権を国際的に保障することを目的に、1989年に国際連合で採択された。前文と54条の本文で構成され、子どもたちの生きる権利、守られる権利、育つ権利、参加する権利を4つの柱に、世界中のみんなで子どもたちを守っていこうとする内容になっている。

この条約の第31条に、次のようなことが書かれている。
第31条 ゆっくり休み、自由に遊び、読書したり、芸術に触れることができる権利
1.この条約を守ると決めた国は、子どもがゆっくりと休み、自由に楽しむ時間を持ち、年齢に合った遊びやレクリエーションができて、読書を楽しんだり、音楽や絵、お芝居や映画を見たり、楽しいことに取り組んだり、文化や芸術のある暮らしができるようにします。
2.この条約を守ると決めた国は、子どもが文化や芸術のある生活ができるように、レクリエーションや遊び、いろいろな活動の取り組みや場を、等しくみんなに提供できるようにします。
※「はじめまして、子どもの権利条約」(東海教育研究所・発行、川名はつ子・監修、玉村公二彦・条文監訳、中川友生・山藤宏子・編集・翻訳)

もちろん日本も、158番目の批准国として1994年4月に批准しているのだが、果たして、日本で暮らす子どもたちの権利を守っていると言えるのだろうか。生活を支えるためにダブルワークをしているひとり親家庭で育つ子どもたちの〝文化や芸術のある暮らしをする〟権利を、日本が保障しているだろうか。

日本という国の子どもに対する態度は、〝すべての子どもは幸せな子ども時代を過ごすべきだ〟という視点に欠けている。どんな親の元に生まれたのであれ、すべての子どもには〝幸せな子ども時代〟を生きる権利がある。「子どもの権利」という価値意識が社会の中に根付くためには、一人ひとりの子どもを、いろいろな欠点はあっても徹底的に「あなたはわたしたちみんなの子どもだ」ということで無条件に認め、いつでもどこでも周りの誰かが見ているよ、という環境が実体として社会の中にできてこなければならない。

そして、文化会館も地域社会の〝ひとり〟として、〝地域の子どもたちを育てる〟役割を担うことは当然のことではないだろうか。地域全体の子育て環境を良くしていくことに、文化会館が果たせる役割はけっして小さくない。

〝子どもの権利を守る〟ということを意識しなくとも、たいていの文化会館は、地域の子どもたちの芸術体験の機会を提供する自主企画事業を盛んに実施しているし、子どもたちを対象にした事業に助成する文化庁の仕組みもある。ただ、こうした事業は、子どもを対象にしているがゆえに、必然的に収支バランスは良くない。それでも文化会館のやるべき事業として企画立案するためにも、「子どもの権利条約」の遵守を根拠とした、〝子どもの権利を守る〟ための事業なのだ、とうたうことは有効なのではないだろうか。


開館1周年記念事業 三の丸ホールの夏休み
『劇場留学~お芝居をつくる7日間~』
撮影:五十嵐写真館


バックステージツアー
撮影:ムービー&フォトスタジオ Every Moment

指定管理者制度

開館から3年が過ぎ、多くの人たちに利用していただいていることを誇りに思うが、まだ取り組めていないことも少なくない。また、地域住民の人口減少や少子高齢化、それに伴う市財政の悪化など、三の丸ホールの運営を取り巻く環境の変化は心配材料だ。

そうした中で、三の丸ホールの指定管理者制度への移行は大きな課題を残すことになる。令和7年4月から、小田原三の丸ホールの運営は、市直営から指定管理者へ移行し、新たな局面を迎えた。

平成15年6月の地方自治法の改正により創設された指定管理者制度は、同年9月から施行されて、20年を超えた。公共施設の管理・運営に民間の参入を認める制度だが、制度創設時、3年間の経過措置期間およびその後の数年間は、注目を浴び、業界内で様々な議論を呼び、文化会館の現場も設置自治体も試行錯誤のなかで混乱もしていた。しかし、10年が過ぎ、指定も2回目または3回目を迎えると、ほとんど話題にもならなかった。

同制度は、自主企画事業での集客や施設稼働率の向上、行政サービスに民間のノウハウを生かし、効率的な運営(経営)が期待できる、とされた。だが、芸術文化を扱い、公共施設であるがゆえに求められる公益性を重視すべき公立文化施設を、〝効率的に運営(経営)すれば良い〟という問題でもなかろう。文化会館などの公の施設が自治体の、地域の、ひいては市民の財産であることに立ち返れば、市民が利用することによって福祉が増進されるにとどまらず、様々な場面で市民が参画することによって地域のまちづくりにつながるような理念と使い方が求められる。


新日本フィルハーモニー交響楽団 サマーコンサート in 小田原 撮影:ヒダキトモコ

現在、全国の公立劇場・音楽ホール・文化会館など、ホール系公立文化施設の約6割が指定管理者制度を導入している。20年を経て、制度運用の様々な問題について、文化会館等を会員とする統括組織であり、三の丸ホールも会員となっている「公益社団法人全国公立文化施設協会」は、国及び自治体に向けた調査・指摘・提言を公表している。

「多くの施設で経費の縮減が主目的となり、短絡的なコストダウンの過剰追及に陥った結果として、建物や設備の経年劣化等が長期に渡って見過ごされていて、安全管理が疎かになっている。また、中長期的な事業計画や公益的な事業展開が阻害されている。次期の継続保障が無いこと等から、職員の非正規雇用が増加し、官製ワーキングプアを生み出している等の弊害で運営現場が疲弊するとともに、本来の設置目的や施設使用が果たせていない」と指摘している。

指定管理者が財団法人等の公共団体か、民間事業者や複数の民間事業者による共同事業体か、特定非営利活動法人かによって違いはあるが、指定管理者制度そのものが抱える問題点は少なくないということだ。

現場を預かる館長という立場から見れば、公益的・長期的な視点で事業を行うこと、施設で働く人の待遇悪化や不安定化(雇用契約の一方的な解除、賃金カット、無昇給、育成する仕組みの欠如など)、3年から5年という短いサイクルで定期的に事業者を選定し直すことによる、長期的視点が欠如した運営といった問題点を痛感してきた。結果として自治体や地域の自治力が低下してしまっては、公の施設の公共性を失ってしまうことになる。

こうした制度としての瑕疵を国が放置し続けるのであれば、施設の設置者である自治体が制度上の瑕疵を埋める措置をすることが望まれる。そうでなければ、少子化による人手不足が加速する日本社会で、公共文化施設は立ち行かなくなるだろう。地域にとって無くてはならない文化会館の社会的価値を実現することが自治体の責務であることを考えれば、指定管理者制度の下での運営において、どのような手法がいいのか、委ねるとしてどのような事業者・団体がいいのか、常に検証する必要がある。「優秀な若い世代の職員が、長く在籍できる環境が確保されていない」仕組みは、本気で改善されるべきである。

指定管理料をより安くおさえたいという行政側の立場も分からないことはない。だが、「公の施設」の運営にあたっては、「公の施設」が持つ設置目的を達成し、安定した市民サービスを提供することが運営コストよりも大事なことである。

指定管理者制度に反対はしないが、指定管理者は公募型から非公募型へ切り替えていくことを、どの自治体にも検討して欲しい。そうでなければ、5年毎の“競争(公募)”が前提であるならば、事業者としては正規の職員の採用は難しく、非正規化が進む。少子化や人手不足が加速する時代にあっては、文字通り「時代に逆行」していると言えるだろう。

施設で働く職員と利用者との信頼関係の構築など無用だ、と自治体が考えるのであれば、市民サービスの向上など望むべくもない。

指定管理者制度を導入した三の丸ホールの命運は、そこにかかっていると言っても過言ではない。