複雑・高度な舞台機構の要求に対応して
技術委員会機構部会長 藤本久徳

1)安全基準等の作成
JATET発足時点の機構関連の重要な課題として、
 「安全基準の確立」
 「各種技術基準の策定」
等が上げられました。当時、六本木のディスコで照明器具の落下による人身事故があり、安全に対する関心が高まり、建設省は(財)建築センターに調査検討を依頼し、その結果「懸垂物安全指針・同解説」が刊行されました。
 舞台の吊物機構は、その特殊性から、この指針からは適用外とされ、舞台独自に指針の作成を求められました。このような状況から機構部会としては「吊物機構安全指針・同解説」の作成を優先し検討を始めました。わが国では舞台技術に関する基準の類が無く、ドイツのDIN・VGB、イギリスのLDSA等の調査、検討を行い、上記の「懸垂物安全指針・同解説」、「クレーン等各種構造規格」等、機械、建築関連の基準を参考にして、まとめ上げました。思わぬ長い期間がかかりましたが、1996年11月にJATET-M-6030「吊物機構安全指針・同解説」として刊行することができ、2000年6月には改訂版を出版しました。
 引き続き「床機構安全指針・同解説」について検討を行っておりますが、吊物機構安全指針と同じく参考文献を機械、建築関連の基準に求める他なく、作成に時間がかかりますが、近々に刊行する予定です。両指針とも当初の目標であった「技術基準」には至りませんが、目的の一端を果たすことになります。

2)複雑高度な舞台機構、多様な舞台機構への対応
 現在、舞台が置かれている状況は複雑です。ひところの好景気によって諸外国からのオペラ、バレェ、ミュージカル等の公演が多数行われ、新しい技術が移入されると同時に、日本のプロダクションの海外公演等、国際交流が頻繁に行われるようになりました。これらの公演に伴い、高いレベルの演出表現が求められるようになりました。
 舞台機構に対しても、舞台転換における吊物の高速運転、多様な表現を可能にする高度な性能が要求され、従来のマニュアル操作では対応が出来なくなりました。その結果コンピュータ制御による技術が導入され、新国立劇場の舞台機構を項点とした、複雑で高度な舞台機構を備えた施設が設けられるようになりました。一方、既存の2、500館を越すと言われる公共ホールの舞台機構は、手動の吊物機構から、コンピュータ制御による電動可変速の機構まであり多様な対応を必要とします。
 舞台運用や管理の体制も多様であり、それに対応する舞台機構が求められます。新国立劇場等の専用劇場では、劇場所属のスタッフが公演の準備を行い、舞台機構を運転しますが、貸しホールとして運用する施設ではホールを借りた劇団やプロダクション側のスタッフが公演の準備をします。舞台機構の運転はホール所属のスタッフが運転する場合と、舞台担当者不在のホールではホールを借りた方で運転する場合があります。
 巡回公演を担当する舞台スタッフは、毎日異なるホールで、日々異なる舞台機構と管理体制の中で作業を行うことから、豊富な経験と多様な知識が求められます。しかし、現実は舞台の基礎知識、舞台が危険な場所であることの認識もない未経験者が増えており、豊かな経験を持っ劇場技術者は年々少なくなっています。このような状況から、劇場で働く人々の環境整備に関する諸問題も重要であり、その一環として、舞台機構設備の操作・表示の共通化を試みました。その成果として「舞台機構の操作で使用される用語、押釦、カラーディスプレイの表示色の統一」、「吊物バトン積載荷重表示指針」等を作成しました。さらに各社まちまちの書式であった設計図書を共通化する試みとして「舞台機構設備特記仕様書・仕様一覧表作成例」を検討を完了し、近く出版されます。現在は、PL法に関連する取扱説明書の表記を、誰にでもわかる表現に共通化する検討を行っています。
 舞台機構の設計、製作を行う上で、正確に動き停止すること、安全に対する配慮は当然であり、演出意図を阻害することなく、微妙な芸術表現を可能とする技術の開発も重要と考えます。機構部会では舞台機構の性能にかかわる当面の課題として、演出表現に係わる運転時の騒音、起動釦を押してから機器が起動するまでの時間、加速減速時間等をとりあげています。そのための現状調査を行い、これからの検討課題の方向を見いだしたいと考えています。

3)舞台技術者の養成、資格
 当協会の設立当時から必要性の指摘があり、今日に至るまで手つかずの状態が続いている舞台技術者の養成、資格取得の問題については、今後の重要課題として検討が必要ですが、この問題に正面から取り組むには、膨大なエネルギーと時間を必要としますので、舞台機構の技術に関連する事項を検討する際に、この事を考慮したテーマを優先して行い、技術者の養成に利用出来る資料を作成することで、近い将来この大テーマに取り組む方針を建てたいと考えています。

4)機構部会の運営
 機構部会は、舞台機構の設計製作を担当する法人会員からの委員、建築設備設計、機械設計、劇場技術等を担当する個人会員からの委員等からなり、毎月1回部会を開いています。部会では検討する項目によって小委員会を置き、それぞれの課題について素案を作成し、それを部会で検討し、担当者が持ち帰り纏める作業を行っています。従って担当者には多くの負担をかけることになりますが、毎回予定の時間を越す熱のこもった討論が行われています。