第20回 JATETフォーラム報告(JATET誌45号に掲載
    
「演劇における電気音響の支援ー実験会」
                                                   

                          技術委員会音響部会 部会長 八幡 泰彦


劇団「座」による詠み芝居

 JATET音響部会は2001年12月18日に新国立劇場技術部及び日本音響家協会と協力して新国立劇場中劇場において 拡声に係る実験を行った。

実験の意図

 新国立劇場の意図としては、日ごろから音声(台詞 )の客席への伝わり方、PAの方式、手段の試行および最善の方式の策定を模索していた。JATET側としては一般に行われるPAのシステムについての検証を目的とした。
JATETは、現行の多くの劇場で行われているPAは音響表現として未だ不満が多く、新国立劇場側の意図と矛盾するものではなく、JATETとしてもこの実験から有益なものが得られるとした。

実験の背景
拡声技術の系譜

 劇場にマイクロフォンが持ち込まれたのは1930年代のことである。当初は講演者の声量不足を補うために用いられ、やがて演奏会などの際、弱音楽器の為にも利用されるようになった。スピーカーは主にプロセニアム上部に、または額縁の上下外側に置かれて使用されたようである。
 劇場の台詞の収音技術は、1950年代から盛んになった放送を目的とした劇場中継に端を発している。もちろん、これは放送のためのもので、所謂PAを目的としたものではないから、そのまま援用する事は出来なかったが、基礎技術として学ぶべきものが多かった。
 またこの頃は急速に台頭してきたテレビジョンのお陰で、舞台と映像のメディア間での演技者の交流が盛んになり始めた時代で、舞台では声量の差や演技のスタイルの違いが目に付く事がしばしばあった。1960年代に入ってワイヤレスマイクロフォンが導入され、「PA」が劇場の中心に形をなし始めた。1970年後半にはミュージカルが盛んに試みられ、それに伴いPAのスタイルも決まってきた。1966年前後、大会場に大観衆を擁して行われるロック系のコンサートも、各地で開催される事が盛んになった。それから40年余を経て現在に至っている。
 現在主なPAの傾向としては、台詞はモノーラルでミキシングし、プロセニアム上部と同上手下手に設置されたスピーカーをメインにしている。因みに効果音はPAとは独立した系統で、効果用スピーカーへはそれぞれモノマルチで配分する、というのが主流になっている。

実験の趣旨

 この実験の趣旨としては、まず劇場の「音」を良いものににする方法の策定である。
現行の音響の施工方針、仮設機材の設置の主眼点を併せて考察する事により、行う事とした。
 公共ホールや劇場の舞台は、高さ奥行共に人が体験できる空間としては最も大きい。
これは一般家庭やPC等のディスプレーでは体験できない空間である。この空間を今よりもっと面白く、楽しいものにするために、我々スタッフは何をすべきかが今回の勉強会のはじまりだった。ただでさえ、劇場に足を運ぶ人達が減少しつつある今、観客を取り戻すには我々音響に携わるスタッフは何が出来るかが今回のテーマである。
 さて 今回のテーマを私たちは舞台上の演技者の存在を観客に実感させるにはどの様な方法があるか、に絞る事にした。
 前項で述べたように、現状はモノーラルでPAされているが、演者の声量が充分であり、システムが補助的に使われるのであれば、これでもなんら何ら問題を感じることはない。しかしスピーカーからの音量が上回ると音像はスピーカーに位置してしまう。台詞の内容が聞き取る事が出来ても、役者の位置によるリアリティは失われ、折角のミザンセーヌの意味がなくなってしまいかねない。演技者の存在感は定位によってさらに確固たるものになる筈である。

   実験計画

 計画はJATET音響部会並びに新国立劇場技術部音響課と日本舞台音響家協会会員の諸氏によって立案され、実行された。

表1に進行予定表を示す。
 実験第1部は従来行われている確認と「生の声」の確認である。 従来方式では収音した音はモノーラルとしてミキシングされ、主にプロセニアム及びサイドLRのスピーカーに配分させる。 この方式はハウリング対策としても優れているし、メッセージを伝えるだけなら音量音質共に問題はない。しかし、分離感や方向定位に配慮されているとは云い難い。                                                                                                                                                  

                 表1 進行予定表 

10:00〜 搬入 ・ 仕込み
12:15〜 休憩 ・ 進行打合せ
13:00〜 リハーサル
14:45〜 開場
15:00〜 実験開始
       第1部 劇場常設スピーカー使用時における音響支援の実験
       第2部 分散定位方式における音響支援の実験
16:15〜 第3部 当劇場の音場制御システム及び平面スピーカなどの試聴17:00   終了

第2部は分散定位としたが、演出上可能な限り演技者の側にスピーカーを配置し、音源としての効果を確かめる、重要な実験である。

 第3部は、現在の、新国立劇場中劇場での、音声制御システムの、確認を行い、併せて平面スピーカー、アレイ方式による小型スピーカー等、最新のシステムの試聴を計画する。

 演技者として 壌 晴彦さんと劇団「座」の男性3、女性2構成で詠み芝居の形式でお願いした。
動線は、客席に向かい正面方向に前後の移動とする。 今回は左右の移動はしない。不特定の
移動に対応できるシステムが開発されておらず、今回は省略した。
 

実験の結果

 第1部で 「生の声」の良さと定位感の必要性の確認と劇場の音声に対する設計の良さが確認された。(アンケート集計参照
 第2部では使用マイクの比較も併せて行い、結果としてバウンダリーとワイヤレスが好感を持たれた。
後半に「奥行を重視した支援」として、各人のマイクとスピーカーを独立させ、音像定位を視野に入れつつ試行した。この実験の結果は一応好評であったが、演技者の声が良く訓練されたものだったので第1部の印象が強く、判断に一部躊躇があったようである。
 次に「新型スピーカーの紹介」が行われた。舞台内に設置し、役者の声に邪魔にならない大きさで、ハウリングに強く、設置・撤収が楽なスピーカーを試聴する事が目的である。 アレイタイプのもの、エンクロージャーに指向性を持たせたもの平面波を出すものと全く違うアプローチのものが揃った。それぞれ
一長一短ありではあったが、メーカー側もこの試みにすでに興味を持っていることが判って心強いことであった。
 関係装置として赤外線を利用した追尾システムによる、位置決めの機器の紹介があった。前述第2部
後半の音像定位の試行に対する答えとして、提案されたものである。演技者が赤外線発信機を持ち、それを 追従するもので、面白いものである。参加者の意見として 電波を利用して同様の効果を得られるのではないかとの提案もあった。何れにせよ、定位情報をディジタル卓に取り込んで操作できる未来は近しの予感を得た。
 第3部で当中劇場で実用化している音像定位を取り込んだシステムの紹介があり、その綿密な計画と
実施について説明があった。ウオールや舞台内の可能な限りのスピーカーや周辺機器の使いこなし等の説明から、その周到さに感銘を受けた。

 舞台から受ける印象をもっと芳醇なものにしたい。それを体験したいがために劇場に足を運びたくなる
人がもっと多くなる為に、我々音響関係者は何をなすべきか、 と云う問いかけから始まったこの実験は、次への足がかりを得たように思う。 このような実験の場を与えて下さった新国立劇場、立案から実行まで協力頂いた、日本舞台音響家協会の皆さん、メーカーの皆さん、及び関係諸氏に、この場をお借りして感謝いたします